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自立と責任、そして正攻法 実証史学の秦郁彦氏 [新聞記事]

実証史学の秦郁彦氏の後半です。
最終回で秦氏はご自身に課した信条について書かれていました。

・特定のイデオロギー活動にコミットしない
・フィクションが無意識のうちに刷り込まれないよう、歴史小説やテレビはなるべく見ない
・偽ニュースや詐欺師に振り回されない知恵と技法を身に付ける
・陰謀史観や文明(史)論に逃げ込まない

わたしにも参考になる部分がありました。
歴史と向き合うには各人の自立と責任が伴うとし、謎解きやトリック破りの眼力が必要と述べています。例として、松本清張の「日本の黒い霧」を取り上げていました。

【引用】
轢死(れきし)した下山国鉄総裁の着衣から採取された暗緑色の粉末から、作者は米軍戦車の色を連想します。次々に連想を重ね、犯人は米軍の謀略機関と結論するのですが、暗緑色から米軍戦車への不自然な飛躍に読者は気がつきません。ちなみに現在では、正攻法で挑んだ佐藤一「下山事件全研究」の自殺説がほぼ定着しています。(読売新聞4月26日)

最近は「論理の飛躍」ということもよく目にしますが、そういうレトリックに気がつかず誘導される危険性のことを言っているのでしょうね。
松本清張の著書はわたしも何冊か読んだ記憶があります。少し癖があるので、私の場合は飽きてしまったことを覚えています。

秦氏は「歴史家に冬の時代が来る」と個人情報保護法によって、必要な公的情報が閲覧できない状況になってきていると指摘されていました。

【引用】
第5条の「氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人の識別」できる情報は不開示という規定です。
しかも、この規定は歴史的公文書にも適用されるので、伊藤博文や北条政子の名前も黒塗りされてしまいます。数年前に国立公文書館が公開したBC級戦犯(約5000人)の裁判記録は、被告の指名が黒塗りされています。苦情を言うと、「米国へ行きなさい」と突き放されました。(読売新聞4月26日)

こういうところにも影響が出てくるんですね。

秦氏は大学卒業後大蔵省に入省し、2年間米国留学をされています。
1年目はハーバード、2年目はコロンビア大学で研究員の資格が目的としています。
当時は「人事院が主管する国費留学制度」が出来る前で、留学資金は自分で用意する必要があり、秦氏の場合はその留学資金をロックフェラー財団が出したそうです。友人である米国人博士のお膳立てで話が進み、大学時代に影響を受けた丸山真男教授が推薦したことが決定的だったそうです。

大蔵省には「軍縮の経済学」を学ぶという目的で渡米し、米国での生活は書庫に入り浸る日々だったとのこと。しかしセミナーを取った国際政治学者のヘンリー・キッシンジャーと経済学者のトーマス・シェリングは共に軍拡派で、実際は軍拡の勉強をした、と書かれていました。

そういうこともあって帰国後は防衛庁勤務となっています。
そこで教鞭もとられていますが、模擬空戦を体験した時のことが書かれていました。
マッハ2の戦闘機F104に2回ほど乗ったそうです。何事も事実を確認するところは何処でも変わらない姿勢です。
前席のパイロットに「後方からロックオン(照準)されたときはどうするんだ」と聞くと、「落とされるしかありません」と、言ったというのです。

1965年頃のことです。
秦氏は、自衛隊は最新の兵器を持つべきだというのが持論としていますが、当時の防衛庁の海原治官房長は次のような主張だったそうです。

【引用】
ところが海原さんは、海上、航空の自衛隊はどうせ役に立たないから、安上がりの二流装備で構わない、最後の頼みは日本列島守備隊としての陸上自衛隊だという哲学でした。
(読売新聞4月8日)

淡々と書かれていますが、驚愕する内容です。
当時の自衛隊が垣間見えます。

秦氏はその後沖縄返還で現地調査に携わり、米軍が沖縄に投資した施設や設備の査定を行っています。日本側が買い取ることになったそうですが、「過激派の妨害を恐れ夜間の外出は自粛した」とあり、当時の沖縄の物々しさを感じるものでした。
「敗戦で取られた領土が戻ってくるのは、史上稀有なこと」と、日本側には、査定は甘く、という気分があったそうです。
同時進行で財政史編纂の責任者を務めていますが、そこで上司と対立し、20年勤めた大蔵省を退官しています。

退官した後、読売新聞の相談役やイスラエル、中国、米国などで大学教授を務めながら実証史学の道を進んでいかれています。

家永教科書裁判では国側の立場で陳述、「吉田証言」の現地調査、マッカーサー夫人の所で発見した「天皇退位せず」の親書など、歴史問題の整合性を徹底した現場主義で追及してこられた方でした。
一つのイデオロギーに染まらないリアリズムの追求と中立的な立場での正論が、わたしには心地よく感じました。
戦後レジームはこういう学者たちによって繙かれてきたのかもしれませんね。


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